文化財の古民家を、客席に
明治20年代後半(1895年前後)に建てられた、築130年ほどの古民家を客席にしています。建物や庭・蔵・板塀も山々と溶け合い、当時の景観を保っています。名栗の山あいで、明治の意匠をそのままに、食事とジェラートの時間をお過ごしいただけます。



欄間、組子、引手、電灯の笠。写真では伝わりきらない職人の手仕事が、家のあちこちに残っています。お食事の合間に、ぜひ目を留めてみてください。












手入れの行き届いた落ち着いた色調の外観が、周囲の自然と調和し、山里景観の核となっています。平成25年(2013年)10月に埼玉県の景観重要建造物に指定され、平成31年(2019年)4月1日に飯能市へ移管されました。現在は飯能市の指定第一号です。
この家が建てられた頃、名栗は林業で栄えていました。山で伐り出された木は筏に組まれ、名栗川から入間川、荒川を下って、約一週間かけて江戸まで運ばれました。火事の多かった江戸では木材の需要が大きく、この地域の良材は、江戸から見て西の川を下ってくることから「西川材」と呼ばれました。
鳥居観光の母体も、江戸時代から続いた林業です。この家は、名栗に代々続く平沼家の新宅として建てられました。

二階席の窓側に掲げられた扁額「無量寿者(むりょうじゅしゃ)」は、蒋介石の書です。水野梅暁は、三蔵法師の霊骨が南京で発見された際、日本仏教界を代表して蒋介石から霊骨を分贈され、その慰霊塔を建立することが日中の親善につながると、晩年を奔走しました。蒋介石は、水野の意志は時を超えて後世に残るであろうと感銘し、「無量寿仏」(阿弥陀如来)になぞらえ、敬愛の念をこめてこの書を贈ったとされています。
扁額の下の窓から山を望むと、白雲山に三層の塔が見えます。水野の意思を継いだ平沼彌太郎が建立した玄奘三蔵塔で、三蔵法師が祀られています。
二代目の平沼寛一郎まで住まわれたのち、この家は空き家になりました。残すか壊すかを迷った末、埼玉県建築士事務所協会いるま西支部に調査を依頼したことが、保存の出発点になっています。調査によって、民家でありながら華麗でモダンな意匠が施されていること、庭・蔵・納屋・板塀を含む全体が貴重であることが、あらためて確認されました。
古民家探訪エコツアーや雛飾り展、紅葉あかり展を経て、いま、この家は客席になっています。

画面をドラッグすると、その場で見回せます。下のボタンで場所が切り替わります。
| 店舗名 | 古民家ひらぬま |
|---|---|
| 住所 | 〒357-0111 埼玉県飯能市上名栗201 |
| 電話番号 | 042-978-6998 |
WEBから24時間ご予約いただけます。当日のご予約もお受けしております。
お電話でも24時間承っております(AIによる自動音声が対応いたします)
アフタヌーンティー・季節限定のパフェなど、2日前までにお電話でのご予約が必要なメニューがございます。ご予約方法の一覧はこちら
お席に空きがあれば、ご予約がなくてもご入店いただけます。